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※この記事は2015年に発表されたものです。
拙著『整形した女は幸せになっているのか』を書くため、何作か「美容整形もの」の作品を読んだ。たいていは、もともと美しくなかった女が、整形で美しくなった ”にもかかわらず” 不幸になるか、それとも、一人の男の愛を手に入れてハッピーエンドを迎えるか、そのいずれかだ。100万部を超すベストセラー、百田尚樹氏の『モンスター』(幻冬舎、2010)は、前者と後者の要素をうまくミックスした労作である。とてもよくできた作品で、面白くて一気に読める。が、どうしてもあの「ラスト」に納得がいかない。以下、ネタバレになるが、『モンスター』の結末から「整形美女の幸福」について考えてみたい。
社会が「ブス」を差別するから、ブスはどんどん性格が悪くなっていく
同作品の主人公は、田舎町でレストランを経営する絶世の美女、鈴原未帆。38歳だが、年齢不詳の美を宿している。そんな未帆の正体は、かつて町で「モンスター」と呼ばれて追い出された醜女=「田淵和子」。美しい未帆と、醜い和子は、誰が見ても別人だが、実は同一人物だったのだ。
醜かった「和子」は、幼少期から外見を理由に、すさまじいイジメを受けていた。一方で、密かに恋愛感情を高ぶらせ、高校生の時、クラスメイトの「英介」を相手に、ある事件を起こす。そのことがきっかけで、和子は「モンスター」と呼ばれるようになり、町を追われた。物語の前半では、「美しくないこと」がすべての元凶のように描かれる。せめて人並みの顔さえあれば、まともな人生が送れるはずなのに。美しくなって、ただ恋がしたいだけなのに。社会が「ブス」を差別するから、ブスはどんどん性格が悪くなってしまう。美人はその逆だ。なんて理不尽だろう。そんな和子のモノローグが150ページも続くのは、あからさま過ぎて正直つらい。
外見差別に苦しみ続けた和子は、美容整形で「下克上」を果たす
24歳になった和子は、呪いのように「美」を求め始める。東京の風俗で働きながら、美容整形を繰り返すのだ。そこからの描写は、面白いように軽快である。まずは二重まぶたの埋没法、次に鼻、インプラントで美しい歯を手に入れ、さらに目を直し、顎の骨を切り取る大手術(そのために和子は、噛む力が極端に弱ってしまう)……。他にも数え切れないほどの施術をしたおかげで、未帆は絶世の美女となる。その美貌に、世の男たちは次々と虜になる。しかし未帆は、かつて愛したクラスメイトの英介を忘れられない。やっぱり「英介」に愛されたい。38歳になり、そう願った未帆は大金をつぎ込んで、故郷にレストランを開く。店にやってくる男たちの中に、英介がいることを信じて……。
『モンスター』で描かれる美容整形のプロセスは、かなり具体的だ。中には「ん? この大掛かりな手術に、このダウンタイムは短すぎでは?」と思える描写もあるが、本当によく取材されている。男性である百田尚樹氏が、ここまで美容に興味を持てるのかと感嘆するほどだ。美しくなった未帆に、男たちが態度をコロッと豹変させる様子も愉快である。しかし、主人公が整形を繰り返した末が、結局「1人の男から愛されたい」という目的へと収斂していくのには失望した。
整形しても別人の顔になっても、別人格にはなれない?
絶世の美女へと変貌を遂げた未帆は、かつて自分を忌み嫌った英介と再会する。既婚者になっていた英介は、未帆の容姿に惹かれ求愛するが、「妻とは別れられない」と言う。不倫男性の定型句だ。10年以上、体を酷使してきた未帆にはもう、時間がなかった。美帆は「結婚してくれないなら、あなたとはもう会わない」と告げる。動揺した英介は怒りを露わにし、言い争いになる。そんな未帆を「くも膜下出血」が襲う。死を悟った未帆は、「私の、本当の名前は和子。和子でも好きでいてくれる?」と明かす。彼女は結局、整形で美人になっても、「別人」にはなれなかったのだ。元のままの「私」を愛して欲しかったのだ。が、英介は口先で「ああ、好きでいるよ」等と答えつつ、結局、和子を見捨てる。「なんだ、元はあのブス女だったのかよ……」という感じだろうか。くも膜下出血の未帆を「ほうって逃げた、最低の男」(エピローグより)だったのだ。
それでも「和子」は、英介に愛されたいとの願いが一瞬でも叶って、幸せそうに死んでいった。おしまい。500ページ近い大作で、「整形しても別人の顔になっても、別人格にはなれない」「男は結局、女の容姿(セックスアピール)に惹かれる」「1人の男に愛されたいがために整形し、風俗で体を酷使して死ぬが、本人は幸せだった女の話」が描かれるのだ。これは「悲劇」だろうか、それとも「喜劇」だろうか。20数年にわたる「和子の物語」を消費してしまったことに、罪悪感すら覚える。この読後感の悪さこそ、百田尚樹『モンスター』の醍醐味なのだ。エンタメ小説としての疾走感は素晴らしい。『モンスター』を読む時、私たちは、これをエンタメとして消費する「我が身」を省みて、心地悪さを感じる。作品自体に批評性はないが、その心地悪さが、かえって批評性を高めるという、ある意味面白い小説である。
画像出典 http://weheartit.com/ http://weheartit.com/ http://www.amazon.co.jp/
北条かや
1986年、石川県金沢市生まれ。ライター。同志社大学社会学部、京都大学大学院文学研究科修士課程修了。著書に『整形した女は幸せになっているのか』『キャバ嬢の社会学』(いずれも星海社)。NHK「新世代が解く!ニッポンのジレンマ」、TOKYO MX「モーニングCROSS」などに出演する。
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執筆:
北条かやライター
1986年、石川県金沢市生まれ。ライター。同志社大学社会学部、京都大学大学院文学研究科修士課程修了。著書に『こじらせ女子の日常』(宝島社)『本当は結婚したくないのだ症候群』(青春出版社)。その他の著書に『整形した女は幸せになっているのか』『キャバ嬢の社会学』(いずれも星海社)がある。NHK「新世代が解く!ニッポンのジレンマ」、TOKYO MX「モーニングCROSS」などに出演。
同志社大学社会学部卒
京都大学大学院文学研究科修士課程修了
民間企業勤務を経てライター、著述家として活動
出演
『新世代が解く!ニッポンのジレンマ』(NHK)、『モーニングCROSS』(TOKYO MX)
著書
『キャバ嬢の社会学』(2014年星海社新書)
『整形した女は幸せになっているのか』(2015年星海社新書)
『本当は結婚したくないのだ症候群』(2016年青春出版社)
『王子様はどこへ消えた?――恋愛迷宮と婚活ブームの末路』(2019年青春出版社青春文庫)
『こじらせ女子の日常』(2016年宝島社)
『インターネットで死ぬということ』(2017年イースト・プレス )
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