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※この記事は2015年に発表されたものです。
大学生時代、同級生におそろしく顔が小さい美人がいた。私は、頬がぷっくりとして顔が大きいのがコンプレックスだったので、その子を見るたび、心のなかで嫉妬とも羨望ともつかぬ炎が燃え上がるような思いがした。ネットで「小顔」と検索すれば、「小顔になる方法」「小顔エクササイズ」「小顔ローラー 効果」など、顔をいかに小さくするかを模索するワードが山ほど出てくる。多くの女性たちが「顔を小さくしたい」と願う、執念のような検索結果である。その執念のおおもとをつくったのは、安室奈美恵というカリスマだ。
「理想とする小顔の有名人」1位は安室奈美恵
大手美容整形外科の湘南美容外科クリニックが、全国の10~30代の女性300人に対して行ったアンケートによると、約8割の女性が「自分は小顔だと思わない」と答えた。そんな女性たちが「理想とする小顔の有名人」は、1位が安室奈美恵で38.3%。2位の佐々木希(27.7%)や3位の桐谷美玲(23.7%)を大きく引き離し、年齢を超えた「憧れの小顔有名人」として君臨している。実際に見て「想像以上に小顔だと思った有名人」の1位も安室奈美恵、2位以下はいずれも男性の速水もこみち、向井理だった。安室奈美恵がいかに「小顔」というキーワードと強固に結ばれているかが分かる。後述するが、「小顔ブーム」はもちろんのこと、「小顔」という単語ができたこと自体、安室奈美恵の影響は非常に大きい。
80年代、アラサーの林真理子が悩んだ「巨頭症」
若い女性の可処分所得が伸び、おしゃれで垢抜けた「ギャル」が増えた80年代。まだ「小顔」という単語はなかった。が、顔の大きさにコンプレックスを抱える女子がいたのは事実だ。林真理子の大ヒットエッセイ『ルンルン症候群』(角川書店、1983年)には、当時アラサーだった林真理子が「巨頭症であることのツラさ」を綴った文章がある。
“『顔が大きい』ということが、現在の日本でどのくらい肩身の狭い思いをすることか、他人にはわかってもらえるだろうか。年々、若者の体位が向上して、背がのびていっている。それに反比例して、顔が小さくなっていっているというのが、時代の流れというものではないか。それなのに、どう寛大な目で見ても六等身の私は、いやがおうでも目立ってしまうのである。数多くの嘲笑をあびることになるのである。(以下略)(「遺伝についての一考察」より)”
林真理子は、顔が大きいことのデメリットをいくつも並べる。「どんな服を着ても似合わない」「ファンデーションなどの化粧品を大量に使う」「周囲に酷いことを言われる」……そんな林だが、「顔が小さい女子はモテて羨ましい」ということは書いても、「『小顔』になりたい」とはひとことも言っていない。「小顔」というボキャブラリーが、当時はなかったのだろう。少なくとも当時、「顔が小さい女子」を表すキャッチーな言葉はなかった。
安室奈美恵が、ファッションで「小顔羨望」に火をつけた
そこへ安室奈美恵が登場した。90年代、彼女は10代でデビューし「アムラー旋風」を巻き起こす。黒い肌に細いまゆ、シャギーとメッシュの入った茶髪ロングヘア、チェックのミニスカートに厚底ブーツ。すべてが完璧な「安室ちゃんスタイル」として定着した。安室ちゃんの身長は158センチと平均的だが、実に美しい8等身だ。顔の大きさは、一説によると17センチしかないという。おしゃれに関心のある20代前半女子向け雑誌『CanCam』読者の平均的な「おでこの【ヨコ】の長さ」は14センチだ(「女子1000人の『鼻の穴の直径』から『黒目の大きさ』まで測ってみた!」)。安室ちゃんの顔の「タテの長さ」は、おしゃれな女子1000人の「おでこのヨコの長さ」の平均に、プラスたった3センチということになる。彼女の顔のヨコ幅はもっと小さいはずだから、いかに整った卵型か、想像に難くない。
画像出典 https://cancam.jp/
安室奈美恵からは整形疑惑が出づらい
彼女からは、有名人にありがちな「美容整形疑惑」がほとんど出てこないのも興味深い。テレビへの露出を控え、活動を雑誌やライブに絞ることで、カリスマ性を担保しているからだ。実際にライブで見た人からは、「とにかく小顔」「同じ人間とは思えない」「アラフォーには見えない永遠の可愛さ」など、感動の声が聞こえてくる。安室奈美恵は、観月ありさや藤原紀香、エビちゃんなど「顔が小さそうな人」たちの横をするりと通りぬけ、「憧れの小顔有名人」として殿堂入りを果たした。それは彼女が、ファッションと音楽性を兼ね備えた「カリスマ」だったからだ。
小顔ビジネスは儲かる
私が大学時代に出会った美人な同級生たちは、みんな小顔だった。小顔で美人な子は、皆ミニスカートにハイヒールのブーツを履いており、それが余計に小顔を際立たせる。彼女たちは自信に満ち溢れているように見え、羨ましかった。あんな小顔になれるならなってみたいものだと、無茶なダイエットやプチ整形のボトックス注射まで試したものだ。
引用した林真理子のエッセイは、今読むと泣けてくる。彼女は、顔が起きいことを嘲笑され、傷つき、「ダイエットすれば何とかなるのでは」と試行錯誤を繰り返した。ところが、体は痩せても顔は小さくならなかった。林真理子が、「私は(顔が大きいという遺伝子を持っているため)生まれながらにして、呪われていたのである」と嘆いてみせた80年代から30年が過ぎても、いまだに多くの女性は「小顔」を諦めきれない。効果のほどがあやしい「小顔ローラー」は売れ続け、「小顔矯正エステ」は大人気、プチ整形でも、エラの筋肉を萎縮させるボトックス注射や、顔の脂肪溶解注射、最近では「BNLS」という新手の小顔注射を試す人も増えている。脂肪溶解注射は顔が腫れるダウンタイムもある。それでも試す人は多い。冒頭で引用したように、美容外科が「小顔に関するアンケート」でプレスリリースを打つほど、小顔ビジネスは儲かる。それが悪いことだとは思わないが、「安室ちゃんにはなれないけれど、安室ちゃんのような小顔になれるかもしれない」と願って試行錯誤する一瞬一瞬に、小顔を目指す女の「業」が宿っているようだ。安室奈美恵の罪作りな小顔に、今日も女子たちはため息を付いている。
北条かや
1986年、石川県金沢市生まれ。ライター。同志社大学社会学部、京都大学大学院文学研究科修士課程修了。著書に『整形した女は幸せになっているのか』『キャバ嬢の社会学』(いずれも星海社)。NHK「新世代が解く!ニッポンのジレンマ」、TOKYO MX「モーニングCROSS」などに出演する。
【Twitter】@kaya_hojo
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執筆:
北条かやライター
1986年、石川県金沢市生まれ。ライター。同志社大学社会学部、京都大学大学院文学研究科修士課程修了。著書に『こじらせ女子の日常』(宝島社)『本当は結婚したくないのだ症候群』(青春出版社)。その他の著書に『整形した女は幸せになっているのか』『キャバ嬢の社会学』(いずれも星海社)がある。NHK「新世代が解く!ニッポンのジレンマ」、TOKYO MX「モーニングCROSS」などに出演。
同志社大学社会学部卒
京都大学大学院文学研究科修士課程修了
民間企業勤務を経てライター、著述家として活動
出演
『新世代が解く!ニッポンのジレンマ』(NHK)、『モーニングCROSS』(TOKYO MX)
著書
『キャバ嬢の社会学』(2014年星海社新書)
『整形した女は幸せになっているのか』(2015年星海社新書)
『本当は結婚したくないのだ症候群』(2016年青春出版社)
『王子様はどこへ消えた?――恋愛迷宮と婚活ブームの末路』(2019年青春出版社青春文庫)
『こじらせ女子の日常』(2016年宝島社)
『インターネットで死ぬということ』(2017年イースト・プレス )
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